第六話  二人の戦い  とりあえず,ブルーはもう一度牧師のいた公園へと向かいました.  相変わらずこの街の空は,昼間なのに真っ暗でした.  暗い空を見ていると,本当に元にもどせるのか,小さな子猫は心配でした.  ブルーはいつもより早めに公園に来たのですが,まるで待っていたかのようにもう牧師がいました. 「君は本当にしゃべれたりするのかい?」  そして,前の2日間と同じ話をもう一度聞いたあと, 「君なら大丈夫さ」  そう小さな声でつぶやきました.  ブルーは心の中で「そうだね,がんばるよ」と返事をしました.  今回は,すぐにはワシの所へ行きませんでした.  最初の日に聞いた,不思議な音のする楽器の演奏に聞き入っていたからです. (・・・なんだか,すごく懐かしいニャ)  前のときとは違って,今回は誰かが一緒に暮らしてくれるわけではありません.  ブルーは野良猫だった頃に戻ったみたいで,寂しくなりました.  おじいさんの優しい笑顔を思い出そうとして, (あれ・・・?)  一瞬ではあったものの,おじいさんの顔を思い出せなくなっていることに気がつきました.  ブルーは,このままおじいさんを忘れてしまうのではないかと,本当に心配しました. 「・・・・・・にゃっ!?」  ぼーっとしていると,何かに尻尾を踏まれました. 「いてててて」  ブルーが尻尾をなでていると, 「わー,猫がしゃべった!」 「うん,聞いたよね」 「聞こえた聞こえた」 「変なねこー」  子供たちが口々にそういいながら,牧師のもとへと走っていきます. 「ん? ・・・今のって」  ブルーはあることに気づきました.  今日で同じ話を聞くのも3回目なので,最初はこのことに気づきませんでした.  しかし,牧師が子猫にしゃべりかけたのは,子供たちの前でうっかりしゃべってしまったせいでした.  今回はそのきっかけがなかったにも関わらず,牧師は同じことを尋ねました. 「・・・やっぱり,あの人は知ってたんだね」  ブルーは牧師のいるほうを振り返りました.  しかし,さっきまでのところに彼はいません.  ブルーがあたりを見回すと,牧師は子供たちを見送って,どこかに向かって歩いていました. (・・・彼も鍵をもっているのかにゃ?)  ブルーは,牧師の後を追いかけることにしました.  その後,牧師は町外れの教会へとやってきました.  どうやら,ここで子供たちと暮らしているようです.   庭には花が咲いていて,木々は丁寧に手入れされていました.  ブルーは,閉められてしまった門の間をくぐりぬけ,教会の前までやってきました.  建物は古かったのですが,外側にも掃除が行き届いていました.  ブルーは正面の大きな扉の前にやってきました. 「うーん,こまったにゃ・・・」  小さな体のブルーには,重たい扉を開けることができません.  あきらめて,窓から中の様子をうかがうことにしました.  ブルーがきれいな窓から中をのぞくと, 「あれ・・・?」  中には誰もいません.  しかたなく,ブルーは下に飛び降りました. 「どこに行ったんだろう?」 『時間を元にもどす鍵は,わしとご主人が握っておる』  ブルーは昨日,正確には2回目の今日,ジョセフが言っていた言葉を思い出していました.  それから,もっと大事なことも思い出しました. 『暗くなる前にわしを見つけ出して,ご主人のもとへ連れて行ってくれんか?』 「そうだ! ジョセフを見つけにいかなきゃ」  走り出そうとしたブルーの前に,バサバサと何かが降り立ちました. 『・・・時の旅人よ』  突如起こった強い風に目を細めながら,ブルーは大きく上を見上げました. 「あ・・・そういえば,今日はまだ会ってなかったね」  牧師のところへ行ったので,今回は門のところでワシと会っていません.  何か伝えたいことがあるようで,ワシのほうから会いに来たようでした. 『また駄目だったようだな』  少し残念そうでした. 「うん・・・ちょっとは前に進んだみたい」  ブルーは,昨日の出来事をワシに話しました.  ロアが捕まる前に,ジョセフを探さなければなりません. 『そうか・・・』 「どうしてボクに会いに来たの?」 『いや・・・まだ謎が解けないなら』  ワシはいつものように,暗い空を見ます.  まだ月は出ていません. 『何か大事なことを,見落としているのではないかと思ってな』  ワシが何を言いたいのか,まだブルーには分かりません. 「大事なこと・・・?」  しかし,ワシはそれ以上は何も言わず,飛び去ってしまいました.  ブルーにとっては,ますます謎が深まっただけです. (・・・・・・?)  後に残されたブルーは,取り合えずジョセフを探すことにしました.      ブルーは,歩きながらあることをずっと考えていました.  ワシの言っていた,『大切なこと』に1つだけ心当たりがあったのです.  それを確かめるには,まずジョセフに会う必要がありました. 「・・・まだ大丈夫かニャ?」  ブルーが空を見上げると,まだ満月は昇っていません.  ロアが建物の上から落ちてくるまでには,もう少し時間があるようです.  それからしばらく,ブルーは暗い路地裏を探し続けていました. 「ジョセフー,どこー?」  ブルーの問いかけにも答えません.  それどころか,さっきから犬どころか街の人さえ見かけていませんでした.  空にはいつの間にか,満月が輝いています. 「・・・はぁ」  ブルーは,だんだんと歩くのに疲れてきました.  そのときです. 『・・・リンリーン』  どこかで聞いた,鈴の音がしました.  そして, 『君がわしを探している,子猫さんかね?』  大きな犬が,ぬっと暗闇から顔を出しました. 「ジョセフ!」 『わしはご主人を探しているところなんだが・・・何のようだい?』  ブルーは,ジョセフに昨日のことを全て話しました.  その話を静かに聞いていたジョセフが,口を開きました. 『そうなんじゃ,わしはご主人のところへ行かねばならん』 「でも,ボクも鍵なんだよね?」 『ん・・・何のことかのう?』  どうやら,今回のジョセフには何かがかけているようです.  街の時間を元にもどすのに,なぜブルーの力が大切なのか分からないというのです.  それを聞いたブルーは,がくっと肩を落としました. 「・・・それなら仕方ないや」 『すまんのう』 「それなら.まず,ロアのところへ行こう!」  2匹は町外れの門に向かって,歩き出しました.  その途中で,ブルーは気になっていたことを,ジョセフに聞きました. 「・・・ねぇ,ジョセフ.何でジョセフはヒトの言葉がしゃべれるの?」  ブルーは猫なので,犬の言葉は分かりません.  不思議な力で,人間の言葉が分かるようになりましたが,他の動物の言葉は分からないままでした.  最初の夜に犬に追いかけられたときも,ワンワンとしか聞こえませんでした. 『君だってしゃべっているじゃろう?』 「それは・・・そうだけど」  ブルーも,それはどうしてなのかは知りませんでした.  ただ,最近は当たり前のように,ヒトの言葉を話しています. 「何かの力か何か?」 『どういう意味じゃ?』 「・・・もとは人間だったりして」 『はっはっは』  ジョセフがあまりに大きな声で笑うので,ブルーはびっくりしました. 『面白いことを言うのぅ』 「・・・はは」 『しかし,それじゃぁ君は何者なんじゃ? ただの子猫さんかの?』  森の賢者は,これがブルーの本当の言葉だといっていました.  そういえば,あのペガサスの言葉は,心の中に響くように聞こえました.  しかし,ジョセフの言葉は,人間の声そのものです.  ジョセフがただの犬ではないとしたら,ブルーもただの子猫ではないことになってしまいます. (ボクって・・・何者なんだろう?)  ブルーにとって,また新しい謎が増えました.  今起こっていることが,なんだかややこしくなってきて,ブルーはしばらく考え込んでいました.  子猫が黙っているのを見て, 『まずいぞ・・・もうすぐお月さんが,てっぺんにきてしまうわい』  だいぶ高くまで昇ってしまった月を見上げて,ブルーたちは走り出しました.  それからブルーたちは,町外れの門のところへとやってきました.  辺りはとても静かでした.  どうやら,今回は間に合ったようです.  小さな子猫と,大きな犬は,何とか助け合って建物の屋上にあがりました.  低い建物から,だんだんと高い建物に飛び移りながら,あの少年がいたところまで上ったのです. 『・・・ご主人』  銀色の月明かりを背中に浴びながら,ロアが立っていました. 「今日は,無事に君たちが会えてよかったよ」  ロアがこちらを振り返りました. 「どういうこと・・・?」 「俺の考えだと,君は運命を変えられる」 「ボクが・・・うんめいを?」  ブルーは,今度こそ混乱してしまいました.  自分が何者かでさっきまで悩んでいたのに,さらに運命が変えられるなんて.  ブルーには,そんな実感はまったくありませんでした. 「だから君が来たときに,俺は目印をつけたんだ」 「・・・目印?」 「そして,次の日にジョセフに迎えに行かせた」  どうやら,目印とはブルーの首についてた,あの鈴のようです.   ロアは昨日,ブルーを自分のもとに連れてくるよう,ジョセフに頼んだのでした.  しかし,年老いた犬には大変な仕事で,結局昨日はブルーを連れてくることはできませんでした. 『・・・ご主人は,昨日わしに運命を変えられる猫を探してくるようにと言ったのじゃろう』 「・・・ボクが? その猫?」  ブルーは全てを聞いても,何も分かりませんでした.  自分のことなのに,何も. 「そうだよ.君の力を貸して欲しい」  ブルーは,ロアが自分の知らない自分を知っていることを,とても不思議に思いました. 「そして,僕たち2人の戦いを終わらせるんだ」  ロアは,満月のほうに向きなおりました.  その向こうには,大きな錆びた時計が,塔の壁に掛かっていました.