第六話  森の賢者 「さあ,ついたよ・・・」  ブルーがこの街に来て,しばらくたったある日のことでした.  ラウはブルーを連れて,馬車でどこかに出かけていました. (一体ラウは,ボクに何を見せたいのかにゃ・・・?)  ブルーはどこに行くのか,何も聞いていません. 「ちょっとだけ歩かないと・・・さあ」  ブルーとラウは,近くの森の中に入っていきます.   しばらくあるくと,小さな池が見えてきました. 「ほら・・・とってもきれいだろ?」 「にゃー・・・」  空から差す光が池に反射して,きらきらと幻想的な風景を作っています.  そばにはたくさんの花が咲いていました. 「ここを一度絵に描きたくてね・・・ミアにも見せてあげたかった」  本当はミアも一緒に来るはずでしたが,今日は体調が悪いといって家に残っていました.  ならば出かけるのはまたにしようというラウは提案しました.  しかし,ミアはまた今度連れてってくれればいいといって,一人と一匹で行ってくるように言いました.  ミアはどうやら,ラウに迷惑をかけまいとしているようでした.  すぐに帰るから気をつけるようにといって,ラウはでかけることにしました.  きっとミアの気持ちがが分かっていたのでしょう. 「本当にきれいだね・・・」 「みゃー,にゃー」 「そうだね,このきれいな景色をミアのために描いていってあげないと」  ラウはさっそく,スケッチにかかりました. (きっとこの絵を見たら,ミアも元気がでるよね)  ラウが絵を描いている間,ブルーは池の周りを歩いてみることにしました.  森の中は薄暗くて,少しひんやりとしていました.  あまりに森が広いので,ブルーは少し不安になりました.  振り返ると,そこには真剣な顔で鉛筆を動かしているラウがいます. (でも,あっちは邪魔できないにゃ・・・)  ブルーはラウに気を使って,静かにしていることにしました.  遠くで鳥の鳴き声のような音が聞こえます.  にぎやかな街とは違った森の雰囲気に,ブルーは思わずぶるっと身震いをしました.  しかし,またしてもブルーの身に不思議なことが起こりました. 『聞こえる・・・か・・・い?  私のコエが・・・』  その声は,男の人とも女の人とも,子供とも大人とも判断の付かない不思議なものでした.  ブルーは本当は恐かったのですが,何故か体が声のほうへと動き出します. (にゃんだろう・・・?)  ブルーは導かれるまま,森の少し奥までやってきました. 『さあ,旅人さん・・・こちらへ』  もう少し進むと,目の前に女神の像が現れました.  光はあまりさしていません. 「誰なの・・・?」 『ああ,すまなかったね旅人さん.普通の人には私の姿が見えないのだった』  声がそういうと,ブルーの足元が光りだしました.  あまりのまぶしさに目を閉じると,その光は空中でひとつに集まり,何かの形になります. 「ん・・・あなたは誰?」  白馬の姿に,大きな翼.それは,ペガサスでした. 『私か・・・名前は持っていないのだ.誰かは森の賢者と呼ぶな』 「どうして僕を旅人さんって呼ぶの? 僕にはブルーっていう名前があるのに」 『君はここまで旅をしてきたのであろう?』 「たび・・・?」  ブルーは何のことか分かりません. 『君が生きているのは,今よりもう少し先の時代・・・』  ペガサスはそんなブルーに言います. 『君は時間を旅してきたのだよ』 「にゃんだって? じゃあ,ここは過去の世界なんだ」  ブルーはもしかしたらとは思っていましたが,本当に自分がおじいさんの若いころにやってきてしまったと知って,驚きました. 「どのくらい時間を旅してきたのかな・・・?」 『・・・正確には分からぬが,100年か200年か』 「100年だって? そんなはずは・・・」  ペガサスの言っていることが正しいとしたら,ラウはおじいさんとは別人のようです.  ブルーはますますわけが分からなくなってしまいました. 「おーい!」  そのとき,後ろからラウが呼んでいる声がしました. 「にゃー」  ブルーが答えると, 「ああ,こっちか・・・」  ラウはブルーの元にやってきました.  彼にはまだペガサスの姿が見えていないはずです.  ブルーも今は黙っていました. 「どうしたんだよ.こんな所で・・・?」  ラウはブルーを抱き上げました.  そのとき,ペガサスが口を開きました. 『人の子よ・・・私の声が聞こえるか?』 「・・・?」  ラウは,ブルーを落としそうなくらい驚きました.  どうやら,ペガサスは彼の前にも姿をあらわしたようです. 「なんだ・・・?」  ラウはしばらく固まっていました.  ペガサスなんて,物語の中でしか見たことがありません. 『私たちは森の民と呼ばれるものだ・・・』  ペガサスは自分たちのことを話し始めました.  彼らは,光の届かない森の奥深くに住んでいました. 「森の奥に入ってはいけないって聞いたことがあるけど・・・」  ラウも本物を見るのは初めてのようでした. 『はるか昔,地の民と共に暮らしていたこともあった』 「地の民・・・?」 『そなたら人の子や,大地に生きる多くの命のことだ』  ペガサスによると,長い歴史の中で,地の民と森の民はその生きる場所を分けていったらしいのです.  時には2つの種族の間で,激しい争いが起こったこともありました. 「そうだったのか・・・」  ラウは少し悲しそうな顔をしています. 「にゃーにゃー」  そのときブルーが何かを言いたそうに鳴きました.  しかしペガサスは, 『悪いが旅人さん.私には君の本当の言葉しか分からないのだよ』  ブルーの言葉が分からないようでした. 「・・・どうして,ボクを呼んだの?」  ブルーはラウのほうを気にしながら,口を開きました.  彼の前ではただの猫でいたかったのです.  ラウは驚いたようでしたが, 「どうりで君のコエは,ほかの動物たちよりも聞こえやすいわけだ」  なにやら納得しているようです. 「・・・」  ブルーには,どうしてもラウがおじいさんと同じ人であるようにしか思えませんでした. 「で・・・? 私たちに何の用なんだい?」  あらためてラウが,さっきのブルーと同じ質問をしました. 『この世界に,悲しみがみちようとしている・・・』 「悲しみ?」  今度はブルーが聞きました. 『そうだ.古の過ちが繰り返されようとしているのだ・・・』  ラウは少し考えてから,口を開きました. 「・・・それを,私たちにとめて欲しい.そういうことかい?」  ペガサスはうなずきます.  ブルーは困ったような顔で聞きました. 「でもどうやって?」 『あなたたちなら,大丈夫です.自分たちの力を信じなさい』 「ボクたちの力・・・?」  ブルーとラウは,お互いの顔を見ました.  どうしても,自分たちにそれほど大きな力があるとは思えません. 「・・・できるかな,ボクにも」  ペガサスに連れられて,ブルーたちは馬車のところへと戻ってきました.  しかし・・・, 「あれ? 馬がいない・・・」  ラウが見たものは,荷台だけになった馬車でした. 「もしかして・・・」  ブルーはペガサスのほうを見ます.  どうやら馬車を引いていた馬は,このペガサスだったようです. 「森の賢者に馬車を引いてもらうわけにもいかないし・・・」  ラウは困った顔で,頭をかきました.  どうやって街まで帰ろうかと,ラウが考えていると, 『私の背中に乗りなさい.街まで送ろう』  ペガサスが言いました.  ラウを乗せたペガサスが,森の中を駆けていきます. 「ボクは・・・?」  残されたブルーは,困った顔をしています. 『私の後を付いてくるといい.離れないように・・・』  ブルーはペガサスの言うとおり,後ろを付いていきました.  しかし,ペガサスは森を抜けるとふわりと空に昇っていきます.  ブルーには真似できません. 『離れないで.恐がらなくていいんだ』  ペガサスが後ろを振り返りました.  ブルーは言われたとおり,恐いという気持ちを捨てて,ペガサスめがけて全力で走りました.  すると・・・, 「わぁ・・・すごいや!」  ブルーの体がペガサスと同じように中に浮きました.  ブルーとラウは,はじめてみる空からの景色に,どきどきが止まりませんでした. 『大切なことは,自分を信じることなんだよ』  ペガサスが小さくつぶやきました.