第二話  名前 「どうじゃ,温かいスープでも」   すっかり元気になった彼の目の前に,スープが置かれます. (わぁ,すっごくいいにおい!)  おなかをすかせた子猫は,頭を全部お皿の中に突っ込んで,夢中でスープをなめています. 「どうやら,気に入ってくれたようじゃな」  おじいさんは,満足そうに微笑んでいます.  子猫はおなかいっぱいスープを食べて,これ以上ないほどの笑顔でおじいさんにお礼を言いました. 「ボク,すっごくおなかがすいていたんだ・・・お母さんと離れ離れになってから,満足にご飯も食べられなかったから・・・」  そして,彼は少し悲しそうに言いました.  お母さんと別れたのはもうずいぶん前で,今よりもずっと小さかった彼は,顔も覚えていません. 「それは気の毒に・・・君もひとりなんじゃな・・・」  その声も,少し悲しそうでした.  おじいさんは,この家に一人で住んでいました. (おじいさんも,一人ぼっちでかなしそうだにゃ・・・)  彼には,おじいさんの気持ちが,よく分かりました. 「そうだ,君も家族がいないのなら,ここで暮らすといい」  おじいさんは,さっきまでの優しい顔にもどっていました.  おなかがいっぱいになった子猫は,しばらくお母さんのことを考えていました.  顔は覚えていませんが,彼にとってお母さんとは,温かくて大きな存在であったようです. (お母さん,どこにいるのかにゃぁ・・・)  彼はいろいろなところを探しましたが,フウロの町にはもういないみたいです.  彼は,また悲しい気持ちになりました.   「そうじゃ,君の名前はなんというんじゃ?」  食器を洗い終えたおじいさんが,彼の元へと帰ってきました. (ボクの名前かぁ・・・)  彼は野良猫なので,ニンゲンのような名前を持っていませんでした.  答えられず黙っていると, 「もしかして,忘れてしまったのかね?」 「・・・」 「そうか,ならば・・・ブルーと呼んでもいいかの?」  おじいさんは,まるで最初からそう呼ぶつもりだったかのように,すぐに彼の名前を決めました. 「ブルー・・・?」  そう呼ばれた本人は,すこし困ってるようでした. (ボクはこんなに真っ黒なのに,ブルー?)  彼ははじめ,おかしくて仕方がありませんでしたが,おじいさんのほうを見たとき,あることに気がつきました.  さっきから,おじいさんは目を閉じたままでした. 「おじいさん,もしかして・・・目が?」  おじいさんは静かに答えます. 「・・・・・・あぁ,そうじゃよ.ずいぶん昔にな」  おじいさんは目が見えていなかったのです. (目が見えないから,ボクが真っ黒だって分からないんだ)  子猫は,しばらくおじいさんを見つめました.  それから,元気いっぱい名声で言います. 「ボク・・・ブルーって言う名前気に入ったよ」  真っ黒な子猫は,その日から,ブルーという名前になりました.  何より,自分のことを名前で呼んでくれることが,うれしくてたまらないようでした.