第四話  絵の街  ブルーが目を覚ますと,そこは見たことのない風景でした. (どこだろ・・・ここ?)  きょろきょろと辺りを見回します.  そこは薄暗い森の中でした.少し空気が湿っていて,肌寒さを感じます. 「いたた・・・」  あちこちを打ったらしく,起き上がるときに痛みを感じます.  体を起こしてみました.歩くことはできるみたいです.  しばらく歩くと,向こうから馬車の音が聞こえてきます. (ん・・・ニンゲンだ・・・)  ブルーは助けてもらえるかもしれないと思い,馬車の通る道のそばまでやってきます. 「にゃー・・・」  気がついてもらえるように,鳴きました. 「ん・・・? 猫の泣き声がしないか?」  男の人の声が聞こえます.  ブルーはもう一度,にゃーと鳴きました.  馬車はブルーの目の前で止まりました. 「お前,きれいな毛並みだな.誰かに飼われてるのか・・・?」  男の人がいいました.  確かにブルーの毛並みは,野良猫のものとは思えないほどきれいでした.  おじいさんが彼を拾ったときにきれいにしてくれたのでしょう. 「おなか空いてないか? そうだ,街まで連れてってやろうか?」  男の人の誘いにたいして, 「にゃー」  ブルーはまた鳴いて答えました.  男の人の横にちょこんと座ります. (しゃべったりしたら,びっくりするよね.やっぱり・・・)  ブルーはただの子猫のふりをすることにしました.  町に行く途中のことでした.  馬車の荷台のほうで,物音が聞こえました. (なんだろう・・・?)  ブルーは気になって仕方がありません.  何回か後ろを振り帰ると, 「後ろには恋人が乗ってるのさ.疲れて眠ってる」  男の人が言います. (そなんだー・・・)  ブルーは納得しました.  しかし,今度は乗っている女性を一目見たくなり,また後ろを向きます.  荷台を囲っている布の間に,鼻を突っ込みます.  少し薄暗かったけれど,女の人がいるのが分かりました. 「あっ・・・!」  思わず声を上げそうになり,あわてて自分の口を前足で押さえます.  そこにいたのは何と,おじいさんが絵に描いたあの女の人でした.  再び元の場所に戻ったブルーは,じっと男の人の横顔をみつめました.  しばらく馬車に揺られていると,遠くに街が見えてきました. 「あそこが私たちの目的地さ」  男の人が言います. (大きな町だにゃ・・・)  近づくにつれて,街の全体が見えてきます.  やがて,馬車は線路のところにやってきました. (なんだろう・・・これ?)  ブルーは男の人のほうを見ます.  子猫の視線に気がついて,男の人が言いました. 「これは線路さ.汽車が走ってるんだ・・・ほら」  丁度そのとき,左側から汽車が大きな音を立てて走ってきました.  線路の前で馬車が止まります.  そして,そのそばを汽車が通り過ぎていきました.地面がすこし揺れます. 「大きいだろ? たくさんの人が乗ってるからね」  びっくりした顔のまま,汽車をいつまでも見ていたブルーに男の人が言いました.  ブルーは初めて汽車を見たようです.  馬車は再び街を目指して走り出します.  ブルーはまだ右側を見ています.  汽車が完全に見えなくなったころ,男の人が言います. 「さぁ,もうちょっとだ」  ブルーは前を向きました.  もう街は目の前でした.    馬車は門をくぐって,街の中に入りました.  しばらく大きなみち沿いに走って,ある建物の前で止まります. 「さあ,ついた・・・」  男の人は,馬車から降りました.  それから馬車の後ろに回って,荷台を囲っている布をめくりました. 「おーい,ついたぞー」 「うん.さっきの汽車の音で,すっかり目が覚めちゃった」  女の人が,ぴょんと馬車から飛び降りました. 「ここが,あたしたちの新しい家ね」  目の前の建物は,1階が大きなガラスのマドがいっぱい付いていて,外から中がよく見えました.  男の人が,大きな荷物をいくつも降ろします.その荷物のほとんどは,2階に運ばれました.  どうやら一階は何かの店で,二人は2階に住むようです. 「まだ道具と簡単な家具しかないからな・・・」  広い家は,まだがらんとしています. (ついてきたのはいいけど・・・)  もともと野良猫のブルーは,一人でも生きていくことはできます.  しかし,ここがどこだか分かりません.フウロの町はどこなのか・・・. (おじいさんのところに帰りたいな・・・) 「にゃー・・・」  ブルーは家の外から鳴きました.  男の人がそれに気が付いて言います. 「あぁ,さっさと片付けて,ご飯にしような」  そのとき,2階から女の人が降りてきました.  ブルーを見つけて駆け寄ってきます. 「かわいいー.このネコどうしたの?」 「ん? 森で倒れてたのを拾ったのさ」 「飼うの?」  女の人はブルーを抱き上げました. 「うーん.彼しだいだな」  ブルーは男の人のほうを見ました.  いきなり知らない所にいてさびしかったブルーでしたが,彼と一緒にいるとなぜか安心できました.  そして,おじいさんのことが何か分かるまでならいいかなと思いました. 「にゃー・・・」  ブルーは「いいよ」と鳴きました.  男の人はそれを聞いて, 「いいってさ」  まるで,ブルーの言っていることが分かるようでした. 「ラウってば,昔から動物の気持ちが分かるんだよね.・・・ふしぎ」  その夜,ブルーはおいしいご飯をいっぱい食べて,温かいベッドで眠りました.    次の日の朝のことでした.  ブルーが目を覚ますと,下から話し声が聞こえます. 「ミア,それはこっちだ」  ラウが言うと,女の人の声が「はーい」と返事をしました.  しばらくバタバタと音が聞こえました.  ブルーは階段を下りて,1階に行きました. 「おお,起きたのか・・・悪いね朝っぱらからうるさくて」  ラウが言うと,ミアはからかって言います. 「子猫に言ったって分かるわけないでしょ? これはどこ?」 「はははっ.それ・・・あぁ,そっちの棚の上」  ラウは笑っていました.  部屋にはたくさんの絵の具や,キャンバスがいくつも置いてありました. (おじいさんみたいだにゃ・・・)  ブルーは思いました. 「さて,朝ごはんにしようか・・・それがすんだら,新しいお友達の絵でも描くとするか」  ラウは,ブルーの頭をなでます.優しい笑顔をしていました.