第三話  青い絵の具  おじいさんは目が見えませんでしたが,今でも絵を描くのが大好きでした.  食事を終えた後,おじいさんはいつものように筆をとります.  その様子を見ても分かるように,おじいさんは目が見えなくても何でもできてしまうみたいです. 「わー,大きな町だねー」  絵を覗き込んだ子猫が言います.  フウロの町しか見たことのないブルーにとって,おじいさんの絵の中の街はにぎやかで,楽しそうに映ります. 「おじいさんが,昔すんでたトコ?」  ブルーがたずねると, 「そうじゃな.わしは,昔見たものしか絵に書けんからのう・・・」  おじいさんは,昔を思いだしながら答えます.  ブルーは,自分の知らない街の話に,興味しんしんです.    おじいさんは,まるで目が見えているかのように色を重ねていきます.  建物の壁の色,地面の色,草花の色. (ホンモノみたいだ・・・)  おじいさんの肩越しに覗いていたブルーは,思わず「わぁ・・・」と声をもらしました. 「わしは,空が大好きなんじゃよ・・・」  そういいながら,最後まで塗られていなかった空を塗り始めます.  ブルーは,徐々に白が青に染まっていく様子をじっと見つめています.  まだ少ししか塗っていませんでしたが,おじいさんの手が止まりました. 「しまったな・・・」  パレットの中に青い絵の具がありません.  はやく完成した絵を見たいブルーは,おじいさんにいいます. 「青い絵の具,まだあるの?」 「あぁ,2階のわしの部屋にな・・・」  それを聞いたブルーは,階段をかけ上がります. 「取ってくるから待っててー」  2階にたどり着いたブルーは,あまりに真っ暗なので,周りが見えません. (これだったら,目を閉じていてもかわんないにゃ・・・)  ためしに目を閉じてみます.どっちも変わらない暗闇.  しかし,閉じた目の隅で何かがきらりと光りました.  目を開けても何も見えませんが,閉じるとやはり何かが光っています. (なんだろう・・・?)  ブルーは光の方向へ歩いていきます.  ある部屋に入ると,光はいっそう強くなりました.  光の目の前までやってきて目を開けると,そこには散らかったたくさんの絵の具があります.  使いかけのものや新品のもの,いろいろな種類の色がありました.  もう一度目を閉じます.光は目の前でした.  絵の具の山に鼻を突っ込むと,鼻先に木箱のようなものが当たります.  ブルーは木箱のふたを開けてみました.  ものすごく古そうな絵の具が入っていました. 「スカイブルー・・・リミテッド・・・?」  そらいろ−限定版−  絵の具のラベルには,そう書いてありました. (そらいろなら,空を塗るにはぴったりだね)  ブルーはいいものを見つけたと,得意顔です.    おじいさんの元へ持って行こうと振り返ったとき,その部屋にはたくさんの絵が置いてあることに気がつきました.  ブルーは,ある一枚の絵の前で足を止めます. (この人・・・)  そこに描かれていたのは,ブルーが夢でみたきれいな女の人でした.  ブルーには何故か,その絵が光っているようにはっきりと見えます. (屋根から落ちたときに,マドから見えたんだにゃ・・・)  後ろの大きな窓をみて,ブルーは納得しました.  気を失う前に,この絵をみていたようです.夢で見たとおりの笑顔の女の人でした.  ブルーは,もっと近くでこの絵を見たくなりました.  小さな子猫では,いすに乗ってもまだ届きません.  いすの上にいくつか小さな箱を乗せて,やっと女の人の顔の近くにきました. (やっぱり,きれいなひとだにゃー・・・)  ブルーはしばらく見つめていました.  しかし,急にはっとわれに返ります. (にゃ・・・!?)  ブルーの足の下に積んであった箱が,バランスを崩してしまいました.  絵のほうに倒れていきます. (ぶつかる!)  ブルーは目を閉じました.  しかし,子猫の体はまぶしい光とともに,絵の中にすっぽりと入っていきます.  ようやく光がおさまった後,床にはそらいろの絵の具が落ちていました.